田舎でホームページ制作

じっくり育てなきゃいけないのにね。

前回は「芽が出て育てる時期」というタイトルで2005年ごろまでのお話でした。
すいません!半年以上経過しています。(^^;)

さて、今回は 「じっくり育てなきゃいけないのにね」 というタイトルでお話します。
タイトルからある程度想像できると思うのですが、開業時の苦しい時期を脱し、調子に乗りすぎてコケルお話です。(汗)

2005年頃は波にも乗り、調子にも乗り、絶好調!
と思いきや、じわじわと落とし穴は近づいていたのです。
そんなことに気づく訳もなく、次々と仕事をこなし、外注スタッフも多数かかえ、

「さあ、いよいよ法人化だね!」

と、自分の器以上の考えを持ち始めたのでした。
色々な方々や専門家にも相談し、準備を着々と進め、前へ前へと進んでいる気になっていました。

しかし、実際のところ、足元はグラグラ。
しっかり固まっていなかったのです。
土台がしっかりしていなかったのです。
土台がしっかりしていないにもかかわらず、上ものだけ立派なものを作ろうとしたもんですから、
ちょっとした「揺れ」でも命取り!

すべては自分自身の未熟さ、甘さが原因なのですが、
パートナーや外注スタッフにお願いしていた案件が、ことごとく暗礁に乗り上げ、
そのフォローに膨大な時間とエネルギーを使い、
とうとう、私自身がオーバーワークに・・・

芽が出て育てる時期

ごめんなさい!
1年も経過しています。
前回は芽が出始めた時期(2003年中頃)までお話ししました。
メリット・デメリットなども一部に反響があったので、こういうお話も随時掲載予定ですが、現在に至るまでのストーリーを完結させてからにしたいと思います。

さて、今回は「芽が出て育てる時期」のお話しです。(時期としては2003年後半~2005年ごろ)
2003年賞の受賞により、順調に仕事の依頼が入ってくるようになりました。
開業から1年程でここまで来れたのはラッキーだと思います。
それまで、依頼のほとんどが既にご存知の方からの紹介だったのですが、この頃からは全く見ず知らずの方々からのご依頼が増加。
また、それまでは京都中心だったものが、日本全国からお問い合わせが入るようになりました。
こうなってくると、少し問題が出てきます。
当たり前のことなのですが、直接顔をあわせる事が難しいのです。
ほとんどの場合、メールや電話でなんとかなるのですが、問題が起こった場合メールや電話だとなかなか解決しない事もあります。
同じような内容や文言で話したり、メールをしても、クレームを言って来られる場合もあります。
こんな場合、飛んで行って直接お会いすれば話は早いのですが、京都市内まで出て行くにしても30分以上はかかります。
ましてや東京などになるとなおさらです。

芽が出始めて初めて気づいた事

さて、ようやく前回「芽が出始めた時期」まで話が進みました。
そろそろ、「何が田舎でホームページ制作なの?」と思われてる方もいらっしゃると思います・・・

そう!ここまで特に田舎ならではの話は出てこなかったんですよね。
それもそのはず、これまでは、芽も出ていなかったので、気づかなかったのです!

芽が出始めて、依頼が増加し、田舎でのメリットデメリットがようやく分かり始めました。
今回はそんなお話を。

まず、わかりやすいデメリットとその対処法など。

1.顧客が少ない!
都市部と比較し、人口自体が少ないので当然の事ですが、顧客になり得る方々が少ないのです。
ですが、ネットを利用すれば大丈夫ですね。別にその地域でのみ顧客を開拓する必要はないので。

2.ネットの浸透度が!
やはり都市部に比べ、ネット人口やネットの知識がもうひとつで、まず説明から始めなければなりませんでした。
ここは粘り強い説明と啓蒙で頑張るのみ!
話をする時間が長ければ長いほど、相互理解は深まりますし。

3.打ち合わせに不便!
どうしても都市部のご依頼が多く、打ち合わせに行く為に時間と手間がかかります。来てもらうにも交通の便が・・・
今は、わざわざ関東など遠方から来ていただいたりもしていますが(生意気でスイマセン)

芽が出始めた時期

前回は、なんと!4ヶ月前になってしまいました。
先ほどもある方から「ページもブログも更新してないですねー」と言われて、改めて見直してビックリです。

さて、今回は2003年中頃からの「芽が出始めた時期」のお話を。

2003年中頃まで、芽が出るかどうかもわからない種まきをひたすら行って来たわけですが、運良く幸運の女神が微笑み始めたのがこの時期です。

少しずつ少しずつ受注案件も取れるようになり、かすかな光が見え始めた頃、あるホームページコンテストの記事が目にとまりました。これまで受賞されたサイトなんかも拝見し、「まあダメでしょ」と思いながらも一応応募。(応募はタダですしね)
それがなんと、優秀賞受賞!
ここから回りの環境が大きく変わり始めます。

受賞後には依頼が想像以上に増え、アルバイトをしなくても大丈夫なほどにまでなりました。

雑誌や新聞の取材なども初体験。
掲載後にはさらに問い合わせなどが殺到。

ですが、ここで一つ気付いた事が。
これまで見向きもしなかった、話も聞いてくれなかった方々が平気で声をかけてくるのです。
「手のひらを返す」とはまさにこの事だ!と思いました。

もちろん、声をかけていただけるようになった事、ようやく認められた事は素直に嬉しかったです。

種まきの時期後半

3連休+風邪をひいているということもあり、久々に時間が取れました。
今回は、2002年後半から2003年中頃までの自分自身では「種まきの時期後半」と呼んでいる時期のお話しを。

前回は、ようやく動き始めて、動きまくっても「実」が一つも採れていない「種まきの時期(初期)までお話ししました。

その後も、もちろん一気に状況が改善するわけでもなく、同じように日々動きまくっていました。
前回紹介した1~4の作業は引き続き行ったうえで、勝手にサンプルホームページを作ったり、提案書を書いたりして、飛び込み営業的なこともやりました。お察しの通りほとんどが門前払いです。
ご存知の方は共感していただけると思うのですが、飛び込み営業って精神的にかなり疲れるんですよね。ほとんどが断られるわけですので。
以前勤めていた会社で飛び込み営業を経験していなければ、ここでくじけていたかもしれませんね。

しかしながら、動きまくっていたおかげで、少しずつではありますが、状況がよくなってきます。

まず第一に、商工会に加入したおかげで、商工会への問い合わせなどがあった際に、紹介していただける様になりました。
この時期まだまだ、ここ園部ではホームページを持っている方々が多くなく、新たに立ち上げる方々がいらっしゃいました。

田舎でホームページ制作を志すも・・・

前回(7回目)は2002年中頃まで話が進みました。
開業届を出し、商工会に入会したところまでお話ししました。

前回もお話ししましたが、「少しでも信用を得よう」とここまで進んだものの、それだけで仕事を得られれば、みんな成功するわけで・・・低迷の日々が続きます。焦ります。
当然いろいろ考えるのですが、考えるだけでは何も前に進まないんですよね。それはわかっているのですが、踏み出す気合が足りず、どこに向かって動けばいいかもわからず、しょうもない事ばかり考えているような日々。
しかし、私には子供がいます、妻がいます。ここで踏ん張らなきゃ男じゃないでしょう!
というわけで、手当たり次第に思いつく事を実行。
全てはとてもご紹介できませんので、ごく一部を。

1.以前の会社で知り会えた人達に片っ端から連絡
これは普通皆さんされますよね。「開業しました」とか「会社設立しました」とかいう類です。当然、会っていただける方にはどんどん会いに行きました。でも、この当時を振り返ると結構かっこつけていたんですよね。見栄を張っているというか、弱みを見せないようにしていた感じです。経験豊かな方々にはバレバレなのにね。

2.ホームページを開設及び充実
これも当然。
ありあまる時間を利用し、毎日コンテンツの拡充ばかりをしていました。

いよいよ田舎でホームページ制作がスタートします。

前回(6回目)にしてようやく、2002年に突入。開業届を出した年になります。
つまり、いよいよ田舎でホームページ制作がスタートする年です。

とは言え、2002年に入っても、勝手に本業とした「ホームページ作成」の依頼が舞い込んでくるはずも無く。
「ホームページ作成やってます!」「パソコンサポートやってます!」と言ったところで、別に弁護士さんやお医者さんのように資格や免許が必要なわけでもない業種ですので、やっている本人が手を上げるだけで始められちゃうだけあって、信用は0な訳です。
とりあえずは、まず「信用を」との考えはあったものの、何をすれば良いか具体的な策は見つからず・・・会社を作るだけの知識も資金も度胸も無く・・・結局思いついた事が「個人事業として開業届を出そう」というものでした。
早速いろいろ調べ、書籍を購入し、じっくり勉強。
そして、2002年5月16日に園部税務署に開業届を提出する事ができました。
園部ではこの業種は珍しいのでしょうか?個人的にはいろいろと質問をされた感じがしました。
形の上では、無職ではなくなり、フリーターでもなくなりましたが、開業届を出したからと言って、仕事がもらえるわけではありません。

人生2度目の無職の時期

なかなか田舎でホームページ制作の具体的な話に進まなくてすみません。
ここまで来ちゃったら、しっかり振り返ろうかと思っています。
興味のある方のみお読みください。

さて、前回(5回目)は2001年まで話が進みました。
人生2度目の無職状態に突入した時期です。
そして、この年は娘が産まれた年なんです。
(何かあると無職になっているような・・・波乱万丈です)
京都市内のある会社さんのオフィスの一角をお借りし、その会社さんのページ更新をしたり、引き続きクライアントになっていただけた方々のサイトを作成したり、ご紹介いただいた方々のサイトを作成したり、自分はどうすべきか考えたり、悪夢にうなされたり、ネガティブな考えに支配されたり・・・と悶々とした日々が再到来です。
個人事業として腹を決めるか、就職か、あっちへ行ったり、こっちへ来たり悩みに悩んで数ヶ月が経過・・・したものの決まりません。
収入はほとんど無いですし、精神的にも参ってきますし、そうこうしているうちに、この当時就職のボーダーラインの30歳を越えてしまいます。
今から考えると、この時には心の中では「個人事業で勝負!」と思ってたのかもしれません。
「勝負!」と言っても勝負できるだけの力も無く、否応無しにお金は出て行きますので、副業を始める事になります。

世の中甘くないですね。

前回(4回目)は2000年まで話が進みました。
仕事の上では順風満帆の状態。これからどんどん登る一方かと思われたのもつかの間・・・世の中はそんなに甘く無いと思い知らされる出来事が。
という話から今回は始まります。

仕事は順調、給料もアップ、会社の規模はすさまじい速さで大きくなり(今思えばこれが悪い兆しだったのかも)、これまでに無いスピードで物事がどんどん進んで行きました。

そんなある日、嫌~な情報が耳に入ってきました。
会社の経営がうまくいっていないetc...すべて悪い情報です。
情報の真偽は後程ハッキリするのですが、ここでは詳しくは述べませんね。
そんなこんなで、社長が消え、役員が消え、給料が支払われず・・・約1年間ほぼ無給で働く事となりました。その間にほとんどの人たちは当然ながら転職し、最後に残ったのは数人。労働基準監督署指導のもと、事実上の倒産と認定される最終段階まで残っていました。
なぜ無給で働き続けたのか?
今から考えるとかなり疑問ですが、その当時は変な使命感のようなものを持っていたんですね。

この最後の1年ほどは、また違った意味で色々な事が経験でき、今となっては良い経験と言えます。
その当時は前回の無職時よりきつかったですよ!
胃は痛くなるし、10円ハゲはできるし、なんせお金がない!(^^;)

園部では寝るだけ・・・

前回3回目にして、ようやく1999年11月まで話が進みました。
今日はその続きです。

紆余曲折ありながらもインターネット関連会社への就職が決まった1999年11月。今までどこにも発散できなかったエネルギーを「いよいよ活用する時がやってきた!」と思ったのもつかの間、独学&にわか仕込みの知識では本業として通用するわけも無く、見事に初日で玉砕!?
鼻っ柱も思いっきり折られました。
ほとんど全てが未知の世界・・・さらに一から社員教育をしてくれるような大企業でもないので、「即実践」が求められます。ですが実践方法が分からず、質問しようにも皆大忙し状態。
やる事が分からない、やり方を聞くこともできない、できないけどやらなければならない。迷宮入りです(^^;)
何とか自分で方法を調べ、やるものの、返ってくる答えは「やり直し!」の一言。
当然、精神的にはかなりきつく、働き始めの数ヶ月はきつかったですねぇ。
昼休みにはコンビニに昼ご飯を買いに行き、二条城近くのベンチで一人昼ご飯を食べてました。色々考えながら。昼ご飯を食べた後会社に戻る時の足取りの重い事と言ったらありませんでした。
ですが、ここで辞めてしまう訳にはいきません!
なんせ、転職時に結構苦労した記憶が鮮明に残っていましたから。
(よく辞めさせられなかったと思いますね)

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